旅行・地域

2009年10月19日 (月)

UK版モン・サン・ミッシェルに行ってきた<2>-パリ・ミュンヘン・イングランド南部旅行記(6)

 前編からの続き(^_^;)。入場料6.60ポンド(約1000円)を支払い、建物の中に入るのだが、そこまでは長い坂道が続く。かといっても本家MSMのように土産物屋が街道沿いに所狭しと展開しているわけではなく(*^-^)、きわめて静かな、混雑のない道のりである。

 ここで家畜を飼い乳製品を作っていたが1909年には閉じたそうな。

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 この石畳はかなり歩きづらく海の中道同様捻挫しやしないかとヒヤヒヤ。

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 道の途中から海を臨む。

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 残っている砲台。城として使われた時期もあったそうな。

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 海の色はとてもきれい。建物の前から撮った景色は雄大。

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 庭もあるが、この日は残念ながら閉園日。

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 頂上に立つ建物の外観。内部は撮影禁止なのが残念。

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 歩いてきた海の中道はすでに満潮で海の中に没している(^_^;)。

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 建物から道を下って降りてきて管理棟の脇にあるコーヒーショップで一息。対岸の写真。

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 沈んでしまった海の中道を間近から撮影。

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 帰りはボートにて。1.5ポンド(約220円)なり>ボートの乗船料。対岸から全景を撮る。

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 その<3>に続きます。

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2008年12月16日 (火)

グラスゴーへ行ってきた(3)

 えー、グラスゴーに試合見に行ったのに、「寒い」だの「5ポンド紙幣」だのの話しかしてないので、そろそろ本筋のサッカーへ(笑)。

 見てきた試合はUEFAチャンピオンズリーグ、グラスゴー・セルティック対ビジャレアルの試合だったが、自分はセルティックの他の選手はほとんど知らないので、日ごろあまりイングランドでは中継されない中村俊輔のプレーをずーっと見ていた。

 どっちかというと、この選手に対して私の印象は、「技術は高くてうまいけど、持ってコネコネして攻撃が澱むんだよなぁ」というイメージがしていた。彼が若い頃は特にその印象が強かった。確かにいい選手ではある。でもなんかたいしてサッカー見る目のない(笑)日本のマスメディアが絶賛するほどの選手でもないという気はしていたし、かつての日本代表監督トルシエが2002年の代表候補からはずしたのもなんとなく納得ができた。

 ところが、こちらに来てみて実際のプレーを1試合通じてみていると、「すげーいい選手になった」と膝を打ちたくなるように成長していた。特に守備面での向上は目を見張るものが(@_@;)。労を押しますチェイシングして、コースを切ってDFのボール奪取に貢献したり、あるいは後ろから忍び寄って体を相手選手とボールとの間にうまく入れてボールを奪ってみたり、パスコースを読んでインターセプト→すばやく反転して攻撃に入るというプレーが目に付く。しかも他のセルティックの選手と違ってほとんどファウルを犯さずにボールを奪うのであるから、相手側からしてみればいやな選手なんだろうな(笑)。マジで「ボランチできんじゃないの(・・?」といいたくなるような守備面の進歩はめざましい。

 攻撃面でもボールを貰ったらすぐはたいて味方のプレーヤーに効果的なパスを出してボールを持つ時間が少なくなり、コネコネして攻撃のリズムが澱むというようなことはほとんどなかった。そればかりかパスレンジがえらく広いので、長いサイドチェンジを出したかと思えば相手DFの前で壁パスの壁の役をこなしていいパス出したりと、攻撃面でもかなり前とは変わったという感じ。

 どうしても日本のテレビだとダイジェストなので攻撃面ばかりが強調されるが、こうやって1試合通じてみてみると、かなり印象が違って「いいオールラウンドの選手になった」という感じが強く残った。

 ところで、ご存知かもしれないがジュビロ磐田の名波浩選手が現役を引退する。中村俊輔のプレーを見ていると、彼にすこしずつ近づいているように感じる。2000年のアジアカップで神がかり的な活躍を見せ、アジアカップのMVPにもなった名波。

 「中村俊輔にも、2010年南アワールドカップで嘗ての名波のようなプレーが見られるといいなぁ」と思いながらスタジアムを後にした。

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2008年11月27日 (木)

バンコクからどう帰国するか?

 バンコク・スワンナプーム空港が反政府団体によって占拠されている。離発着が全くできない。さらに近くにある日本でいえば羽田のようなドン・ムアン空港まで占拠されてしまい、バンコクへの空路を使用して移動することは不可能になってしまった。

 この場合、どうやって帰国するか?まぁ正直待つのが一番良いのだろうけど(笑)、何度も数え切れないくらいバンコクに行った自分としては、なんとなく長引きそうな気がする。何よりも体面が大切なタイ人のことだから^^;、今回はどっちも譲歩できなくて収まりがつかなくなってきている気がしてしょうがない^^;

 もうこうなるとバンコクからの空路での即時脱出は早く諦めた方がいいと思う。すぐ日本に帰るなら方法はひとつ-時間はかかるが「陸路で国際線のより多く飛んでいる他の空港に移動」である。バンコクの場合だと考えつくのはタイ国内だとチェンマイかプーケット、マレーシアだとクアラルンプールかペナン、あるいはカンボジアのシェムリアプ(アンコールワットの最寄空港)かプノンペン、ラオスのビエンチャンあたりか。ミャンマーは陸路移動だとビザが出ないので無理。ラオスやカンボジア、あるいはチェンマイやプーケットだと国際線のフライトの数や目的地のバリエーションが限られる。従って個人的には日本への直行便も多いし、同じ東南アジアのハブ空港として動いているクアラルンプールへの移動が一番いいと思う。

 大変なのは移動がかなり長く直線距離で1000キロくらいあること。そしてタイ南部のイスラム教徒による独立運動の治安がちょっと不安な面はある。しかし、何よりもマレーシアへのタイ南部の玄関口であるハジャイまでバンコクから鉄道かバスでいけば、ハジャイからはクアラルンプール行きのバスやミニバンを取り扱う旅行代理店がハジャイの街中にはたくさんあるから、個人的にはこのルートが一番お勧めなんだが。。。。。最も線が太いと思うんですが。

 クアラルンプールまで来ればもうあとは大丈夫。日本への直行便が取れなくともシンガポール、香港、上海にソウルと乗り継ぎ便で帰国できるフライトの数は上述した他の空港をブッチぎりで引き離す。

 旅慣れた人はカオサン通りの旅行代理店行って、手配が済んだら速攻でバスターミナルかバンコクのファラポーン駅に行っているんだろうな^^;

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2008年6月29日 (日)

ウズベキスタン

 26日(金)、アジア地区最終予選の抽選が行われたことはみなさんご存知のことかと思うが、日本代表はオーストラリア・カタール・バーレーンにウズベキスタンというグループAに入った。

 ウズベキスタンは私にとって思い出の地で、99年に初めて訪れた。カザフスタンの首都、アルマトイで行われるシドニー五輪アジア地区予選観戦旅行の途中に、カザフスタンは見るべきものがほとんどないということで、シルクロードに対する憧れが強い自分はウズベキスタンでも行ってシルクロード絡みの遺跡でも見てくるかという気軽な気持ちで訪れたが、この後プライベートな理由で5回も訪問することになるとはこの時は思ってもみなかったが^^;。

 今思えばロシア語も全くわからないままキリル文字(今でこそ読めるようにはなりましたが(笑))の洪水の中よく行ったと思う。薄暗い空港、錆びで赤い水の出るホテル、ボロボロのバス、闇両替、イスラムの香り、欧州よりもさらに乾いた暑さ、なのに街はロシア風というとても奇妙な国で強烈な印象を自分に与えてくれた。

 でも一番印象に残ったのは、やはりサマルカンドのレギスタン広場だろう。雨が少なくステップ気候の乾いた空気の中、雲ひとつない真っ青な空に反射する蒼いドーム。私はしばらく立ち尽くしてしまった。「こんなに綺麗な蒼があるんだな」と。海よりも美しいと感じられるような青が地上でもあるんだと気がついたのはこのときだった。それくらい忘れがたいインパクトを与えてくれた。イスラムの国に対するアレルギーが少し取れたのもこのレギスタン広場のおかげだと思う。

 ウズベキスタンとのアウェイゲームは2009年6月6日。たくさんの日本人サポーターがタシケントを訪れると思うが、1人でも多くの日本人がサマルカンドを訪れて、レギスタン広場の空とドームの「蒼い競演」を楽しんできて欲しいと切に願う。

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